赤外線サーモグラフィーの原理について徹底解説してみた。

サーモグラフィです。

「サーモ(thermo)」とは、”熱”を表す結合辞、と英語の辞書に書いてあります。
同じく「グラフィ(graphy)」とは”図化、書法”を表す結合辞です。
合わせると「熱の図化」、要するに熱の量や変化、分布などを画やグラフにする(または記録する)という意味になりますね。
なんだ、自記式の温度計のことか。
そのとおり、Thermographを辞書で引くと自記温度計・温度記録計って。
普通の温度計はサーモメーター(Thermometer)って言います。体温計も一緒(ClinicalThermometerとも言うらしいです)です。

ところがサーモグラフィはThermographyという綴りなので、最後に”y”が増えます(語尾の”y”は”○○すること”という意味になるそうです)。これは元々医療用のものを指していたようです(これも辞書に載ってます)。確かに体のどこが熱持ってるかっていうのは、診断に影響しますね。
同じように一様に熱した対象物の温度が場所によって違っていたり、熱源の影響が場所によって違ったり、はたまた場所毎の温度変化の速さなどを計測出来れば、すなわち製品の製造ムラ、製造設備点検、非破壊検査、などに役立ちます。

さて、サーモグラフィは”熱”を計測するものだということがわかりました。
じゃ、熱って何でしょう。

熱とは

国語辞典を引くと、
熱:熱いこと、熱さ、温度が高い、温度を高める力、高い気温、・・・
と出てきます。

物理屋の答だと、
熱:温度の異なる物体間のエネルギーの流れ
となります。なんのこっちゃ。

つまり、温度が高いだけでは”熱”って言わないの、高いとこから低いとこへ流れて初めて”熱”だよ、ってことですね。
うーん。
「熱が出た」は間違いで「体温が上昇した」が正しいみたい。熱出そう・・・

温度計(Thermometer)も直訳したら”熱計”なので、英語圏でも国語辞書に近い感覚の人が多いんでしょうね。

さて、なんで延々と熱の定義の話をしたかというと、熱は温度が高いだけでは発生しないということ。温度の高い方から温度の低い方に”流れ”ることで初めて”熱”として扱われます。

熱の伝わり方

熱の流れは伝導、対流、輻射という3つのルートで伝わっていきます。
伝導は触ると熱い、対流は熱いものが上に来る、輻射は離れてても熱い。
サーモグラフィはこのうちの輻射熱の計測を行います。

輻射熱の実感としては反射式ストーブ、たき火、日光などが身近ですね。いずれも体温よりも高い熱源によるものです。
じゃ体温よりも低い場合には輻射熱は出ないのでしょうか?
プレデターって映画にあった様に人の発する熱は感知することが出来るので、体温程度でも輻射熱は出てるようです。
では、どのくらい低い温度まで輻射熱を発しているのでしょうか。
じつは-273.15℃(絶対零度)にならない限り分子運動が止まらないので、熱が出ます。絶対零度になったら分子の運動が0になるので熱は出ません。
つまり、物体は分子運動のエネルギーを外向きに熱として放射しながら絶対零度まで温度が下がって行くもの、なんです。

ほっとけば絶対零度になるって、実際にはなってないですよね。南極で外に物置いててもせいぜい-60℃くらいです。
これ、実は太陽からの輻射熱で地球全体が暖められているからで、太陽から遠い土星辺りでは-180℃位なのでメタンの雨が降るといいます。もっと離れるともっと下がります。
※厳密に言うと絶対零度でも分子運動は完全には停止しないそうです。

要するに絶対零度以外のあらゆる物質からは、多かれ少なかれ輻射熱が出ているということですね。
この熱(エネルギーです)はどのような形をしているのでしょうか。あんまり熱いと痛いので小さな槍が飛んでくるとか、そんな事はありません。みんなよく知ってる電磁波の種類である赤外線として飛んできます。

出ました、赤外線です。
こたつが温かったり、焼き芋を焼いたり。赤外線があると温かい(熱い)んだ。と思っているあなた、実はちょっと違うんですね。今述べた様に、たとえ氷点下100度の氷でも赤外線は出てるんです。ただその量が少ないだけで。
反対に人間の体温で発する赤外線の方が強いので、差し引き寒いことになるし、零下100度の氷の方は人間からの赤外線で少しはほっこりすることになります。
でも相手が100℃だとすると、そちらの赤外線の方が強くなるので、人間の方がほっこり(というか火傷)するということに・・・

まとめると、
・絶対零度以外のあらゆる物質からは赤外線が出ている。
・その量は温度が高いほど多い
・温度の違う物体が2つあると、双方の赤外線の量の差し引きで熱のやりとりが起こり、双方の温度が近くなる。
・放射されるエネルギーの方が受け取られるエネルギーよりも大きい。
→放射した全部のエネルギーが相手に届くわけではなく、途中で損失があるため。

黒体

ここまで来ると赤外線の量を計測したら輻射熱の計測が出来るので、その元の物体の温度が求められそうですね。
サーモグラフィは近いぞ。

実は
「黒体から放射される全エネルギー量はその黒体の絶対温度の4乗に比例する」
W=σT4
:W 単位面積あたりの全輻射エネルギー(W・cm-2)
:σ シュテファン-ボルツマン定数(5.67×1012 W・cm-2・K-4)
:T 黒体の絶対温度(゚K)
という
「シュテファン・ボルツマンの法則」(Stefan-Boltzmann Law)
が存在します。

※ヨーゼフ・シュテファン Josef Stefan 1835/3/24~1893/1/7
当時のオーストリア帝国領(現在のクラーゲンフルトKlagenfurt)で生まれたスロヴェニア人の科学者。
1879年にこの法則を見出した。

※ルードヴィヒ・ボルツマン Ludwig Boltzmann 1844/2/20~1906/9/5
オーストリア帝国のウィーンWienで生まれたオーストリア人の科学者。
Josef Stefanの弟子で、1884年にこの法則を理論的に証明した。

ところで”黒体”っていったい何なんだ?
いきなり出てきたよくわからん用語ですが、これは
「全ての光を吸収する物体」
と定義された、理論上の物体です。
要するに、”理想気体”や”剛体”、”質量0の○○”といったものと同じで、理論を組み立てる場合の簡略化のための仮定です。実存の物体とは異なりますが、実験結果などで何らかの関係性をもたせることで実際の計測に利用出来るというわけです。
この関係性が「放射率ε(イプシロン)」で、理論上の黒体(完全黒体)ではこれが”1”になります。全波長のエネルギーを吸収します。
なお、放射の場合は全波長ではなく、黒体の温度に対応した波長で放射します。
逆に全く吸収せず全部反射してしまう様な仮定の物体(“鏡面体”といいます)の放射率は”0”になります。
放射率εはこの0~1間の数値を取ります。

ということで、この法則が意味するところは
「どんな物体でもその絶対温度(゚K)の4乗に比例するエネルギーを放射している」
ということです。

放射する単位面積あたりのエネルギーを計測してやれば物体の温度がわかる。
エネルギーは赤外線で飛んでくる。
赤外線を測れば物体の温度が”触らずに”わかる。

これが赤外線サーモグラフィの原理です。解決しました。
え?してない?

疑問1:太陽からは赤外線以外の可視光線なども飛んできてるんですが、これは放射エネルギーには入らないの?
疑問2:赤外線を測るってどうやるの?
疑問3:放射率はどう影響するの?

そうですね、では説明。

放射されるエネルギーは?

疑問1:
太陽からは赤外線以外の可視光線なども飛んできてるんですが、これは放射エネルギーには入らないの?

回答1:
「シュテファン・ボルツマンの法則」では、黒体の温度と放出される全エネルギーの関係が明らかになりました。
この放出されるエネルギーは赤外線に限りません。でも、元のエネルギーが少ない(温度が低い)と赤外線しか出ません。エネルギーが多くなるにつれて赤外線だけではなく他の波長の電磁波も出てくることになります。
イメージとしては山が高くなると裾野が広がっていくイメージです。
ただちょっと癖があって、波長の短い方へ頂上が移っていくようになります。

この状況を表すのが「ウィーンの変位則」や「プランクの放射則」(Planck’s law)です。

「ウィーンの変位則」(Wien’s displacement law)
とは、
「黒体からの輻射のピーク(一番強い)波長が黒体の温度に反比例する」という法則です。
λmax=b/T
:λmax ピークの波長
:b 比例定数(b= 2.8977729×10-3 K・m)
:T 黒体の絶対温度

「プランクの放射則」(Planck’s law)
とは、
「黒体からの輻射量が黒体の温度と輻射の波長の関係によって決まる」という法則です。
I(ν,T)=(2hν3/c2)・(1/e(hν/kT)-1)
:I(ν,T) 分光放射輝度
:ν 周波数
:T 黒体の絶対温度
:h プランク定数
:k ボルツマン定数
:c 光速度

※ウィルヘルム・ウィーン Wilhelm Wien 1864/1/13~1928/8/30
ドイツの物理学者。1893年にこの法則を推測。ノーベル物理学賞(1911年)。

※マックス・プランク Max Planck 1858/4/23~1947/10/4
ドイツの物理学者で「量子論の父」と呼ばれる。1900年にこの法則を発表。この法則内に含まれる定数h
(プランク定数 h=6.626069×10-34)が物理学の基礎定数の一つ。ノーベル物理学賞(1918年)

ウィーンの変位則によると、黒体の温度が上がれば輻射する電磁波(最初は赤外線)の波長が短くなって行き、概ね700℃位からは可視光も含まれて人の目にも見える様になってきます。どんどん温度があがって6000℃位になると可視光全体がピークになります。実はこれ太陽の温度で、太陽光線が白色に見える(様に人間が進化した)のはこのせいです。
話は外れますが、恒星の色はこの法則に従っていて温度の低い恒星は赤っぽく、高くなって行くにつれて黄色~白~青と変化していきます。これも一種の放射温度計ですね。

プランクの放射則によると、電磁波のピークは波長の短い方にシフトしながらピーク値そのものが大きくなっていきます。つまり輻射のエネルギーが大きくなって行っているわけです。ということは当然ですが温度の高いものの方が放射している電磁波が強いということで、それはすなわち受ける側にとって”熱い”ということです。
たき火や反射型ストーブが温かい(熱い)わけはこれでした。

ということで答は「温度が高くなれば赤外線だけではなく可視光も放射エネルギーとして出る様になり、その温度は概ね6000℃以上」です。でもそんな温度でそばにいたら温かいどころではないですね、太陽が遠くでよかった。

測り方

疑問2:
赤外線を測るってどうやるの?

回答2:
普通に考えると飛んでくる電磁波の強度を調べればいいと思いつきます。
細かい説明は難しいので省きますが、熱型と量子型の2方法があり、熱型は電磁波(赤外線)のエネルギーを熱に変えて計測するもので、量子型は電磁波が分子原子に当たるとそこから電子等が飛び出してくる現象を利用して計測するものです。
一般的に量子型の方が応答速度が速く感度もいいそうですが、検出部の素材によって感度の良い波長が決まってくることと、検出部の冷却が必要なので大型化してしまうなどの欠点があります。
ということで、一般的には熱型(応答速度が遅く感度も今一であるが、小型化が楽で常温での使用も可能)が多く用いられます。

その熱型のセンサーにはサーモパイル素子が最も多く用いられているようです。
おっと、サーモパイルって何?

サーモパイルの正体は熱電対です。熱電対1個だと起電力が小さいので、直列にたくさん(100個とか)繋げて微小な温度変化を検出できるようにしたものをサーモパイル(Thermopile:熱電堆、熱電対列)といいます。
これを温度測りたい(電磁波が出ている)方に向けるんですが、このままだと太陽光などで誤差が出るので赤外線(だけ通す)フィルターが付けてあります。前の方に書きましたが、概ね6000℃位にならないと可視光線は出てこないので、通常は赤外線が取れればOK。
サーモパイルの前面は真っ黒に塗っておいて、熱の吸収をよくしておいて。
でもサーモパイルの温度がそのまま熱源の温度ではないです。その温度変化によって赤外線量を計測し、放射熱源の温度を算出することで初めて対象の温度がわかるという仕組みです。

放射率など

疑問3:
放射率はどう影響するの?

回答3:
例えばサーモパイルの前面を黒く塗るんですが、これが完全黒体に出来るかといえばそうではないので、ここで吸収出来る熱量はεの数値分少ないことになります。
これは熱源にも言えることで、例えば何かの物体の表面温度を計測しようとしてサーモグラフィをそちらに向けたとしても、

・物体(放射側)は完全黒体ではないので、ε分だけ小さい放射しか出ない
・センサー(吸収)側が完全黒体ではないので、吸収熱もε分だけ減る

ということなので、正確な値を求める場合にはεが必要になってきます。
調べてみると、
磨いた金属は少数の例外を除いて概ね0.1程度以下
煉瓦、石膏、コンクリートなどが概ね0.85~0.95
というふうになっており、対象物によっては凄い差になります。
※これらの数値は対象物の温度、赤外線の波長、表面状態によってかなり変わるということなので、あくまでも”このぐらい”という参考です。

実は世の中には「黒体テープ」なるテープが存在します。
ものによって放射率が0.94だったり0.95だったりしますが、これを計測したいものの表面に貼ってから放射率をあわせた放射温度計で測ると正確な値が出るという代物です。
テープ剥がして同じ温度が出る様に設定放射率を調整すれば物体の放射率が求められるというわけで・・・

ところで人間の体温(これが目的で放射温度計を導入される場合も多いようです)を計測するときにはどうなるでしょうか。
一人一人を裸に剥くわけにはいかないので、予め露出している場所(普通は額)の温度を計測することになります。
ところが、

①皮膚の温度は体温より低く、気温にも影響される。
②空気や空中の水分などで届く電磁波(赤外線)の量が変化する。
③体温計として使用する場合には、医療機器としての認証が必要。

③は本気の体温測定では必要ですが、たくさん人が居て一度に見るなんてのには向かないですね。医療目的で使うと法律違反になります。ただ①の”皮膚の温度は体温より低い”ことに対しては、体温計の各メーカーのノウハウで「額温度→舌の下温度や、額温度→腋の下温度、ものによっては額温度→直腸温度(お尻の穴の中の温度)」に変換しているのでかなり正確に出るようです。
※ちなみに直腸温度>舌の下温度>腋の下温度だそうです。
さらに同時計測した気温を換算に使用することで①の問題を回避し、計測距離を近づける(額から1~3cm程度)ことで②の影響を極力排除する様に考えられています。

そうそう、放射率εでしたね。人間の皮膚の放射率は色々調べると常温でε=0.98~0.99位になってます。概ね0.98の方が多いのですが、状況によってはε=1.0という乱暴な計算をしているものも・・・・
ということで体温計測の際には直前の①~③に比べると放射率εの影響は少ないようです。

でも黒体テープよりも人間の皮膚の放射率εの方が大きいってことは、皮膚の方が”黒い”わけで。

使用上の注意

さて、一応サーモグラフィの理屈のようなものを説明させて貰いましたが、使用の際には気をつけていただかないとまずいことがいくつかあります。

まず、計測値が気温や空中の水分などで影響されること
→雨降りの時や対象物と計測機の周辺の気温が違うときには注意しなければなりません。

次に、赤外線を計測しているため、ガラスの影響をもろに受けること。
→普通にはガラスの放射率は0.8~0.9位なので、全然透明じゃないし。
いや、透明で光が見えるよっていってもそれは可視光で、ガラスは可視光はよく通すけど赤外線(波長が2μm
位よりも長いの)は吸収されます。吸収されるから放射率が大きいのです。

続いて、測定対象から離れると誤差が大きくなります。
→赤外線が通ってくる道筋での妨害(風、水蒸気、気温変化など)に加えて、到達エネルギーが小さすぎたり、他の熱源も計測するなど、精度の良い計測が難しくなります。出来るだけ近くに。

そして、見えなくても検出するものがあります。
→湯気、蒸気、陽炎などは透明に見えても赤外線を出しています。これは意外と気がつかないことが多いので注意してください。
うまく使えば非常に便利な機械なので、皆さんも一家に一台。どうですか?

※輻射は輻の文字が当用漢字にないので、最近は”放射”と書いてあることも多いようです。

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